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NECの顔認証を世界トップに押し上げた技術者の戦略

[2017.10.16]
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NECが開発した顔認証のシステム画面。
左側の「Query Image」の顔写真と、右側の「Enrolled Images」に登録されたデータベースの写真を照合させ、その結果を「Search Result」に表示している。「Query Image」に映っているのは開発者の今岡さん本人(NEC提供)

 

世界各国の主要メーカーがしのぎを削る顔認証技術。NECは国際的に権威ある技術精度を競う「ベンチマークテスト」で、エラー率わずか0.3%の精度を記録し、世界トップの評価を獲得しました。これは1000人の「顔」を照合し間違えるのは3人だけという高い精度で、2位メーカーの約8分の1の低さという桁外れの実績。同社の顔認証はアメリカや南米を含む海外40か国以上の空港などで採用され、NECの看板事業に成長しました。開発当初は「精度が低く実用化は難しい」と言われた技術。これを世界レベルの看板事業に押し上げたのは主席研究員の今岡仁さん。顔認証に関してはまったく海外で知名度がない中からグローバルな評価を高め、世界市場に打って出る戦略を見事実現させました。

顔認証は、顔のパーツを数値化して照合する技術

 
顔のパーツを数値化する顔認証の仕組み(NEC提供)

顔認証の基本的な仕組みは、カメラに映った対象者の目や口、鼻など顔のパーツの位置情報を、すでにデータベースに登録されている正面写真と比較して、本人かどうかを照合、識別する技術です。データベースにある写真は、目のたれ具合や、目と口の大きさの比率などの特徴を数値化し、コンピュータに登録。照合時は、カメラに映った顔の特徴を数値化し、データベースに登録された数字と比較します。この時は、顔の老化による変化も考慮されており、大人の双子でも区別をつけることが可能です。NECは、3000万人分が登録されているデータベースの場合、1秒で照合可能で、この速度も世界一です。

また、開発の初期段階では、目や口などの位置情報を「点」として捉えることによって認証していましたが、現在は技術の発達に伴い、顔全体の画像をコンピュータに取り込み、認証する方法が取られています。

薄い存在感。世界で相手にされず

今岡さんがベンチマークテストを受けようと決意したのは2008年。このテストは米国国立標準技術研究所(NIST)が主催し、生体認証技術の精度を競う権威あるもので、過去にはNECのほか、日本、ドイツ、イギリス、中国など各国のメーカーが参加しています。

当時、NECの顔認証システムは07年にユニバーサル・スタジオ・ジャパン(大阪府)で導入されるなど一定の評価は受けていましたが、海外受注が広がりません。分析してみると「海外でのNECの顔認証技術の存在感のなさ」に原因がありました。

当時まだ世界的に見ても導入事例が少ない顔認証技術。海外で導入を検討するのは、軍や警察などの政府の治安機関が中心でした。特にそうした政府機関はリスクを避けるため、無名メーカーのシステム導入を避ける傾向があります。「精度や性能ではなく、有名か無名かで判断されて悔しい思いをした」(今岡さん)。知名度を上げ、信頼を得るためにNECが選んだ方法がベンチマークテストへの参加。「トップを取れば、世界から認められて、受注を増やせるのでは」という目論見でした。

 

NECの顔認証技術を開発した今岡仁・主席研究員(NEC提供)

月並みから世界トップへ

テストが行われるまでの2年間は、システムの性能アップを図る日々が続きます。実際、当時のNECの技術は他社には及ばず、水を開けられていた状況。手持ちの画像データを使って模擬テストやシミュレーションを繰り返したり、性能をあげるためにアルゴリズムやプログラムを組むなど「毎日顔認証のことだけを考えていました」(今岡さん)。

そして迎えた10年6月。ベンチマークテストは、世界各国の有力ベンダがそれぞれ開発したアルゴリズムのプログラムをNISTに送り、完全なブラインドテストの状況で性能を競います。内容はビザ申請時の180万人の顔写真から特定の人物を照合するもので、精度や技術力は自動計測される上、結果も突然メールで送られてきました。競合する8社を大きく引き離してトップの成績を伝えるメールを見て、今岡さんは思わず声を上げてしまったといいます。

そして目論見通り、国際的に権威あるテストで首位を獲得したことから、海外での知名度アップに成功し、NECの顔認証システムの受注は大きく伸長。今岡さんは「2位をダントツで引き離したので、『顔認証ならNEC』というところまでもって行くことができた」と自信を深めました。
 

競合他社に圧倒的な差をつけたベンチマークテストの結果(NEC提供)

19年3月期には海外売上高1420億円の事業に

その後13年に続き、動画での顔認証に変更となった今年17年3月のベンチマークテストでもNECはトップの成績を残し、4度目の首位の座を獲得しました。

現在、NECの顔認証は、各国の空港での入国管理に加え、バイクによるひったくりが多い南米では、街中の不審者を監視するシステムに応用されるなど活躍の場を増やしています。

 
NECの顔認証技術を適用できる様々な分野(NEC提供)

「年率30~40%の伸び率で成長している」(山品正勝執行役員)同社の顔認証技術。NECの中期経営計画では、16年3月期に海外売上高420億円だった顔認証を含む「セーフティ事業」を、19年3月期に約3.4倍の1420億円まで高めることを掲げています。NECの顔認証を世界一に押し上げた今岡さんは「今後はエラー率ゼロに挑戦したい」とさらなる意欲を燃やしています。